醤油帝国を行く

2022年9月4日、余りに出歩かない生活を打破しなくてはと、昔町の雰囲気が残るということで気にしていた野田へ出向く。もちろん醤油の産地で、キッコーマンの本拠地である。今更ながらあいみょんにハマっていて、自動車でがんがん鳴らしながら向かう。

キッコーマン本社から研究棟を臨む

■創業者茂木七左衛門住宅

近代的な本社屋や研究所の合間に大正15年築の創業者住宅が佇む。それが違和感なく収まっているあたりがセンスだ。日本の文化を代表する食品を扱い、海外にも輸出している訳なので、文化的な発信力も重要なのだろう。元々が洋風建築文化を持ち込んだのも茂木家のようで、財団として興風会館を昭和4年に建築して今に残る。場所は本社屋隣だ。耐震化も図って今も講演会等に利用されている。近所の中央小学校の壁面にも洋風建築風の意匠がおごられていた。

興風会館

■野田市郷土博物館・市民会館(旧茂木佐平治邸)

先のものとは異なるが、創業家の住宅は市の郷土博物館になっていて見学ができる。特筆するものは無いが、普通にぶらぶらできるので大店の旦那になった気分が味わえる。庭はなかなか良い。女の子にアニメの格好をさせて撮影している人たちがいた。

■野田醤油発祥の地

野田での醤油生産は室町末期にさかのぼるが、飯田家によるもので、その後茂木家の野田醤油に集約されて今のキッコーマンになっている。飯田家の工場跡地には醤油発祥の記念碑が建っている。その近くにはキッコーマンから独立を守ってきた「キノエネ醤油」の工場がある。江戸末期の創業とのことだが、キッコーマンとの関係が気になるところ。

■少しおどろおどろしさも・・・

創業家だの財閥だの、はたまた「佐平治」などという名前を聞くと、どうも「横溝正史」の世界を思い出してしまう。そう思って見てしまうと、研究棟の脇の敷地には鳥居がある。鬱蒼とした木々の中には社があるのだろうか。郷土博物館の前の茂木佐公園にはやはり神社があり、これは茂木家の稲荷と竜神を祀ったものだ。公園内には教訓のようなものが書かれた塔もあり、企業統治と地域統治が土着的な信仰と合体しているさまが見てとれる。

■変貌する駅周辺

東武アーバンパークライン 野田市駅

昔は東武の駅前には商店街も何もなく、キッコーマン工場駅前という環境だったらしいが、駅舎を新しくして駅のロータリーを造成していた。地元の人には便利になるのだろうが、だいたい郊外の駅前はチェーン店がたくさんできたりで、どこも同じようになる傾向が高いので是非に醤油で特色を出してほしい。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です