三島「春の雪」の月修寺へ
2022年3月12日、晴れ
豊饒の海の第一話「春の雪」の舞台となった月修寺は架空の寺ではあるが、奈良「円照寺」がモデルである。門跡尼寺で後水尾天皇の皇女、文智女王の開山だ。奈良には他に法隆寺の夢殿の脇に中宮寺、法華寺が尼寺として有名である。円照寺は山村という山野辺の道が通る山中にあり、華道の山村流は円照寺の伝統である。
帯解の駅は奈良駅から南に二つ目の駅だが、無人駅で電車を降りる人も疎らだ。昔は皇族の方用の特別待合室があったようだが、今は往時を偲ばせるものは無い。ただ、切妻の白壁で上品な建築だ。小説では駅前は商人宿が何軒かあり、主人公の松枝清顕もそこの一軒に宿泊していたのだが、今の駅前は商業の賑わいはない。ただ、街なかが道が狭いのと、そこを抜けると田園が広がる描写の風景は今にも残っている。街並みも瓦屋根の昔ながらの木造建築が多く残り、小説の世界が少し味わえる。
円照寺は原則一般参拝は受付ていない。お庭は有名で季節の特別拝観は行っているようであるが、白洲正子記するところによると「寺にある宝物も、女王の個人的な生活を伝えるものが多く、他の寺院のように、観光客に見せるものは一つもない。」とのことだ。しかし、参道だけで十分楽しめる。そのものの雰囲気も奈良の山中の環境が残り素晴らしいが、小説の世界がそのまま残っているのだ。長い参道からの田園風景、竹林、そして沼の風景。まるで夢のようだ。残念ながら訪問当日は暖かく、清顕のように2月の厳しい寒さの中この参道を歩くようなことは叶わなかったが。
ここで自分が味わって感動したものは何なんだろうと考えるとやはり「凛とした空気」としか言いようがない。山門をくぐり白砂利の先に見える寺院はやはり高貴な佇まいであった。
山門の手前を山野辺の道が横切っている。右に山中を進めば古い社や古墳があり、少し車道を登れば円照寺の墓地がある。案内も何も出ていない。少し中に入ると宮内庁の案内および立ち入り上の注意の看板がある。そう、ここは宮内庁管轄になるのだ。文智女王の墓は小さな堂の中のようで確認できなかったが、有栖川宮文亨女王の墓の表示が見て取れた。